ハナガタムシAnthosoma crassum ネズミザメ口腔歯間に寄生するカイアシ類
岩手県産のネズミザメから採れたという寄生性カイアシ類の標本を中野様からいただきました。ここでお礼を申し上げます。筆者はこれをAnthosoma crassum (Abildgaard, 1794)と同定しました(Fig.1, 3, 4)。ネズミザメ、Lamna ditropis Hubbs & Follett, 1947、体長330 cm。口腔内、歯間に20個体以上が寄生していたとのことです(Fig. 2)。
Anthosoma crassum、学名のAnthoは「花」、-soma「体」、crassum「厚い」を意味しています。和名はハナガタムシです(椎野 1965)。Anthosoma属に属す種は本種のみです。世界各地から報告がある、汎世界種(Cosmopolitan;コスモポリタン)です。ただし、形態が僅かに異なることがあり(Ishii 1916;Yamaguti 1936)、複数種が含まれているのかも知れません。高木ら(2020)でも指摘されています。今後の知見に期待です。本邦に出現する本種は長澤(2012)と長澤・上野(2012)でまとめられています。
体長はメス(Fig. 3)平均14.4 mm(3個体)範囲14.2-14.5 mm、オス(Fig. 4)平均11.9 mm(3個体)範囲11.1-13.0 mmでした。報告ではメス8.8-16.1 mm、オス8-16.7 mmとあり(石井 1916;Wilson 1922;Yamaguti 1936;椎野 1965;Lewis 1966;Hewitt 1968;高木ら 2020)、今回の個体は、その範囲内でした。身体の半分を覆うフリルと、厚く強固な頭胸部が特徴です。また、第2触角は前方へ伸びており、その先端は鉤状です。類似の種はいないので、ひと目で同定できてしまいます。
ハナガタムシはDichelesthiidae(科)に属します。カイアシ類の化石種として知られるKabatarina pattersoniと同科です(Cressry & Boxshall 1989)。Dichelesthiidae(科)の特徴は、①一般的に体は細長く、②第2触角は鉤状、③口は筒状(mouth tube)、④胸脚は3対または4対、⑤第1顎脚(第2小顎)は掴める形状で、種により先端がグローブ状になることがある(Fig. 5)、と述べられています(Wilson 1922;Cressry & Boxshall 1989)。Dichelesthiidae(科)は日本ではハナガタムシ1種のみが出現します。
第1触角は7節で構成していました(Fig. 6)。Wilson(1922)とLewis(1966)、Hewitt(1968)では6節とありますが、石井(1916)とYamaguti(1936)では7節で、今回のと同じです。
宿主への寄生は、宿主の組織に1.5 cm穿孔、第2触角はさらに穿孔し、第2顎脚とで、これらにある鉤爪(Fig. 5, 7)で組織を強く掴みます(Birkett & Burd 1952)。第2触角の長さは自在に変えられます(Ingram 2004)。生きている間は素早く引っ込めることがあるようです。
身体の半分を覆うようにあるフリルは6枚あり、それぞれ肥大化した胸脚です。胸脚3対で、雌では背甲が変形した1対のフリルが背側を覆います(Fig. 2)。第4胸脚以降は欠損しています。胸脚を1つ取ってみました(Fig. 8)。内縁の一部分に切れ込みがありました。この部分に突起と、そこから生える刺毛があり、これは肢の痕跡とのことです(Hewitt 1968)。刺毛は底節内縁の刺毛由来です(Boxshall & Halsey 2004)。このことはコペポディット幼体の報告(Benz etal. 2002)から予想できます。Wilson(1922)とLewis(1966)、Hewitt(1968)は第3胸脚には切れ込みがなく、肢の痕跡は無いと記述していますが、今回のはありました。同様に、石井(1916)とYamaguti(1936)で、第3胸脚に切れ込みがあると記述しています。
以下に宿主リストをあげます。主な文献を [ ] 内に示しました。多種の宿主がいて、宿主特異性は低いようです。とくに、サメ類ばかりに寄生していますが、椎野(1965)はマンボウ(Mola mola)にも寄生するとあります。
- ・Carcharias taurus(シロワニ)[Wilson 1922]
- ・Carcharodon carcharias(ホホジロザメ)[Lewis 1966]
- ・Cetorhinus maximus(ウバザメ)[Birkett & Burd 1952]
- ・Galeorhinus galeus(ドチザメの一種)[Hewitt 1968]
- ・Isurus oxyrinchus(アオザメ)[石井 1916;Ho & Nagasawa 2001]
- ・Lamna ditropis(ネズミザメ)[Shiino 1957]
- ・Lamna nasus(ニシネズミザメ)[Yamaguti 1936]
- ・Mola mola(マンボウ)[椎野 1965]
- ・Mustelus mustelus(ホシザメの一種)[Pillai 1985]
- ・Prionace glauca(ヨシキリザメ)[Pillai 1985]
- ・Rhincodon typus(ジンベエザメ)[高木ら 2020]
文 献
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