汽水性カイアシ類Pseudodiaptomus属の雄二型性 雄成体の第5胸脚の形態
日本の汽水域で普通に見られるカイアシ類がいる。Pseudodiaptomus yamato Ueda & Sakaguchi, 2019とPseudodiaptomus japonicus Kikuchi, 1928だ。以前までは、Pseudodiaptomus inopinus Burckhardt, 1913として知られる種であったが、複数種が含まれていることが分かり、現在は上記2種に加えて、P. nansei Sakaguchi & Ueda, 2010、そして原記載のP. inopinusの4種に細分化された。(参考記事「汽水の普通種Pseudodiaptomus inopinusに隠蔽種4種が報告」)
P. yamatoは主に黒潮が接岸する汽水域に生息する。東京湾に出現するのは、P. yamatoのみだ。筆者も東京湾で採集した際に採れたのはP. yamatoだということを確認した(Fig. 1)。両者の見分け方だが、Ueda & Sakaguchi (2019)によると雌成体の生殖蓋の構造に違いがある。P. yamatoの生殖蓋は大きく後方へ突出するが、P. japonicusはP. yamatoほど突出しない。しかし、雄には形態差はなく、種判別するには雌成体を使うしか無い。詳しくは記事「汽水の普通種Pseudodiaptomus inopinusに隠蔽種4種が報告」を参照されたい。
さて、本題に入ろう。筆者自身、驚いたことだが、Pseudodiaptomus yamatoなどの雄の第5胸脚には2タイプの形態がある。paddle-shapedとfinger-shaped(またはthumb-shaped)だ。ここでは、各、ヘラ型と指型と称しよう。第5胸脚の左外肢の末端節に二型性がある。この二型性は千原・村野(1997)の「日本産海洋プランクトン検索図説」にも記載されている。指型を「標準型」と読んでいる。だが、ヘラ型の呼び方には触れていない。
筆者は東京湾でP. yamatoを採集し、雄の第5胸脚を生物顕微鏡下で見た。結果、2型性を確認した(Fig. 2)。ヘラ型の方が多い印象を得た(n=5)。いずれ、これらの比率を調べてみたい。
第5胸脚の二型性は、P. yamatoの他に、P. japonicus、P. nansei、P. poplesiaで確認されている(Soh et. al. 2012)。この二型性は当初、P. inopinusの亜種として、P. inopinus saccupodusと記載されていた時期がある(Shen & Tai 1962)。しかし、ITS1とmtCOIの遺伝子解析で否定された(Soh et. al. 2012)。
同種内での形態の変動は多く知られている。例えば、塩分による前体部と後体部の比率(Kimoto et. al. 1986)、雄の性転換による第5胸脚の長さ(Gusmão & Mckinon 2009)がある。しかし、二型性は上記であげたPseudodiaptomus属の一部以外では見つけられなかった。珍しいことだろう。
形態は、その個体の生活様式や、成体、生殖活動に大きな影響を与える。今回の二型性が現れるのは、雄の第5胸脚だ。ここは雌を把握する上で重要な働きを持つ部位であり、形態が変わると、生殖成功率に大きな差が現れるはずだ。ちょうど、雌へ精包を受け渡す際に使われるところとなる。しかし、生殖に関連するだろうという意見はあるものも(Cordell et. al. 2007)、この二型性がどう働くかは分かっていない。今後に期待だ。
文 献
千原光雄, 村野正昭 (1997) 日本産海洋プランクトン検索図説. 東海大学出版会. 東京. 1574 pp.
Cordell JR, Rasmussen M, Bollens SM (2007) Biology of the introduced copepod Pseudodiaptomus inopinus in a northeast Pacific estuary. Mar. Ecol. Prog. Ser. 333: 213-227.
Gusmão LF, Mckinnon AD (2009) Sex ratio, intersexuality and sex change in copepods. J. Plankton Res., 31 (9): 1101-1117.
Kimoto K, Uye S, Onbe T (1986) Growth characteristics of a brakish-water calanoid copepod Sinocalanus tenellus in relation to temperature and salinity. Bull. Plankton Soc. Japan., 33 (1): 43-57.
Sakaguchi SO, Ueda H (2010) A new species of Pseudodiaptomus (Copepoda: Calanoida) from Japan, with notes on the closely related P. inopinus Burckhardt, 1913 from Kyushu Island. Zootaxa, 2623:52-68.
Shen CJ, Tai AY (1962). The Copepoda of the Wu-Li Lake, Wu-Sih, Kiangsu Province. I. Calanoida. Acta. Zoologica. Sinica., 14 (1): 99-118.
Soh HY, Kwon SW, Lee W, Yoon YH (2012) A new Pseudodiaptomus (Copepoda, Calanoida) from Korea supported by molecular data. Zootaxa, 3368: 229-244.
Ueda H, Sakaguchi SO (2019) Pseudodiaptomus yamato n. sp. (Copepoda, Calanoida) endemic to Japan, with redescriptions of the two closely related species P. inopinus Burckhardt and P. japonicus Kikuchi. Plankton Benthos Res., 14 (1): 29-38.