2020年6月5日
No. 16

餌としてのカイアシ類 魚類の餌生物サイズの選択性

カイアシ類は主に海洋で浮遊生活をする、1 mm~3 mm程度の微小な甲殻類です。節足動物門、甲殻亜門、多甲殻上綱たこうかくじょうこう六幼生綱ろくようせいこう、カイアシ亜綱に分類されます。海洋においては、カイアシ類のうち、カラヌス目が最も繁栄しています(Mauchline 1998)。

注目すべきことは、その数と量です。個体数は、動物プランクトン全ての個体数のうち70~90%を占め(Carlotti etal. 2018)、世界中の海域で優占ゆうせんするプランクトンであり、地球上で最も多い多細胞生物だと言われています(Hardy 1965)。生体を構成する炭素の量のこと、生物量においても、親潮域で85.5%(Ikeda etal. 2008)、海域によっては90%を占めることがあります(Wiebe etal. 2013)。

仔稚魚しちぎょを含めた、小型~中型魚類は動物プランクトンに偏った摂餌せつじをします。消化管内容物の解析で、摂餌した餌生物におけるカイアシ類の割合は、サンマで62~100%(小達 1977)、アユ仔稚魚で92.6%(浜田・木下 1988)、スズキ仔稚魚で69.4~93.1%(日比野ら 1999)、カタクチイワシで83%(三谷 1988)、カタクチイワシ仔稚魚で100%(桑原・鈴木 1984)を占めています。他にもクロマグロの仔稚魚にカイアシ類は餌生物として重要ということが分かっており(魚谷ら 1990)、マイワシ(山本・片山 2012)、ホッケ仔稚魚の胃内には高頻度にカイアシ類が含まれています(島崎・久新 1982)。シラスの釜揚げで、お腹が赤いシラスをよく見ることができますが、この赤いのは、摂餌したカイアシ類が釜揚げの熱で、アスタキサンチンの色素が遊離し、赤色をていするためです。多くの魚類がカイアシ類に偏った摂餌をしています。ゆえに、カイアシ類が食物連鎖を支える上で重要な位置づけということが言えるのです。

どのくらいの大きさまでに成長したら、摂餌する餌生物の大きさが、カイアシ類よりも大きくなるのでしょうか。スズキの場合は、全長130~200 mmを超えると小型のエビなどを摂餌するようになります(畑中・関野 1962;日比野ら 1999)。サンマは200 mmを超えると、カイアシ類と合わせて、オキアミ類や端脚類たんきゃくるいも摂餌するようになります(小達 1977)。マアジは250 mmを超えるとカイアシ類を摂餌しなくなります(河野 2007)。概ね、全長200 mmまでは、カイアシ類を主に摂餌し、200 mmを超えると、カイアシ類よりも大きい餌生物(アミ類やオキアミ類、浮遊性エビ、小型魚類、端脚類)を摂餌するようになるようです。また、全長が20 mm以下のときは、カイアシ類のノープリウス幼生やコペポディット幼体を専食せんしょくし(桑原・鈴木 1984)、全長20 mmを超えて40 mm程度までは小型のカイアシ類、例えばOithona davisaeを好んで摂餌します(三谷 1988)(Fig. 1)。

魚類全長による餌生物の選択
Fig. 1 魚類全長による餌生物の選択

魚類の消化管内容物の餌生物の組成そせいは、その魚類が生息している環境中の餌生物の組成に反映しています(小達 1977)。しかし、Fig. 1を見て分かる通り、魚類が成長すると、より大きい餌生物を摂餌するようになり、それよりも小さい餌生物は少なくなります。どうやって、餌生物のサイズを選択しているのでしょうか。サンマ(小達 1977)とカタクチイワシ(三谷 1988)を例にあげて説明します。

サンマの仔稚魚は、黒潮海流の以南に分布します。この海域には小型1 mm未満のカイアシ類が多く、仔稚魚の餌生物として最適です。仔稚魚の間はここで過ごし、成長すると、黒潮海流の以北に移動します。親潮海流との混合域であるため、動物プランクトンは大型1~3 mmが多いです。サンマは成長することで、黒潮海流の以南から以北へ移動し、適した餌生物のサイズを選択しています。

カタクチイワシの場合は、仔稚魚のときに低塩分域ていえんぶんいき汽水きすい)で小型のカイアシ類であるOithona davisaeを主に摂餌します。O. davisaeは、他のOithona属の種と比べると小さく、低塩分域に分布します。低塩分域に分布する生物は、カイアシ類に限らず、体サイズが低下する傾向があります(Remane and Schlieper 1971)。これは、低塩分域は、淡水と海水が混じり合う水域であるため、生体の浸透圧調節しんとうあつちょうせつが困難になることに起因するようです(Cogretti and Maltagliati 2000)。浸透圧調節に係るエネルギー消費が大きいため、成長にかけるエネルギーを振り分けられないのかもしれません。カタクチイワシは成長すると、より大きい餌生物が分布する高塩分域こうえんぶんいきへ移動します。

魚類は、餌生物種を選択することはほとんどないですが、餌生物サイズを、海域を変えることで選択しているということが言えます。それによって、摂餌ができる最大の餌生物を摂餌することが可能になり、最適な成長を貢献できるということです。

文   献

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