2020年4月26日
No. 14

カイアシ類の新分類(2020年) 顎脚綱は解体

Kohdami etal.(2017)は再現できず信憑性が欠けるためKohdami etal.(2020)*1によって取り下げられました。このことはMikkhaliov & Ivanenko (2019a*2 b*3)で指摘されています。この記事はKohdami etal.(2017)を引用しています。
*1 DOI: 10.1038/s41598-017-06656-4
*2 DOI: 10.1016/j.ympev.2019.106574
*3 DOI: 10.1101/650507

顎脚類がっきゃくるいは、Dahl(1956)が提唱した分類群であり、多くの甲殻類が属していた。分類階級は「こう」である。顎脚がよく発達しているという特徴を持つ。Dahl(1956)は「5-6-5 body plan」を有する甲殻類と定義した。つまり、頭部には5対、胸部には6対の付属肢ふぞくしがあり、腹部は5つの体節に分かれているというものである。その後、顎脚綱がっきゃくこうの共通形質として、Boxshall(1992)は以下のように再定義した。


  • ・胸部は6つの体節に分かれる
  • 大顎おおあごのpalpがよく発達している
  • 顎脚がっきゃく(胸部にある摂食せっしょくに関わる付属肢)がよく発達している
  • 小顎こあごろ過摂食ろかせっしょくの餌粒子のろ過として働く
  • ・胸部に顎基がっきはない

大顎とは歯として働く器官であり、歯は底節となる顎基にある。顎基は摂食に関わる付属肢の基部であり、大きい形状をしている。大顎には、その顎基に餌粒子を掻き集める役割をもつpalpが備わっている(Fig. 1)。

カイアシ類の大顎の顎基とpalp
Fig. 1 カイアシ類の大顎の顎基とpalp

顎脚綱には、以下の7亜綱が分類されていた。


  • 鞘甲亜綱しょうこうあこう(フジツボなど)
  • ・ヒメヤドリエビ亜綱
  • ・ヒゲエビ亜綱
  • ・カイアシ亜綱
  • 貝形虫亜綱かいけいちゅうあこう(カイミジンコ、ウミホタル)
  • 鰓尾亜綱さいびあこう(チョウ類、別名ウオジラミ類)
  • 舌形亜綱ぜっけいあこう

しかしながら、1990年代になると、DNA配列などの分子情報を用いた分子系統解析により、顎脚類は複数の系統が混合されていることが判明した(Abele etal. 1992)。いわゆる多系統である。こうした顎脚類の単系統性の否定は、以降の全ての分子系統解析で同様である(例えば、Regier etal. 2010、Oakley etal. 2013、Eyun 2017、Lozano-Fernandez 2019)。したがって、顎脚綱は解体された。

Regier etal.(2010)の分子系統により、甲殻類は、Multicrustacea(多甲殻上綱たこうかくじょうこう)、Oligostraca(貧甲殻上綱ひんこうかくじょうこう)、Allotriocarida(異エビ上綱)の3つの上綱に分かれた。各和名は、大塚・田中(2020)より新称された。顎脚綱に分類されていた動物群は、カイアシ類・鞘甲類・ヒメヤドリエビ類は多甲殻上綱へ、貝形虫類・ヒゲエビ類・鰓尾類・舌形類は貧甲殻上綱へ分類された。鰓尾類と舌形類は姉妹系統であり新たにIchthyostraca(ウオヤドリエビ綱;大塚・田中(2020)より新称)が新設された。

カイアシ類と鞘甲類はHexanauplia(綱)へ分類され(Oaklay 2013)、ヒメヤドリエビ類は鞘甲類の姉妹系統性が高いことが分かり、Hexanaupliaに加わった(Kohdami 2017)。Hexanaupliaの和名だが、岡山県野生動植物調査検討会委員 et al. (2019)にて「六齢ノープリウス幼生綱」が提案されたが、大塚・田中(2020)より「六幼生綱ろくようせいこう」と新称された。一方で、六幼生綱とは別に、鞘甲類と軟甲類なんこうるいの姉妹系統性を支持し、Communostraca(共甲綱きょうこうこう;大塚・田中(2020)より新称)をつくる分子系統もあったりと(Regier 2010)、多甲殻上綱の下位分類は安定していない。しかし、形態的、生活史的には、カイアシ類と鞘甲類は、類似ないし共通点が多く、また、Lozano-Fernandez(2019)の分子系統解析で六幼生綱がやや高い信頼度(bootstrap 80;0~100で系統の信頼度を推定し、高い数値ほど確からしい系統)を得たため、六幼生綱が妥当なのかもしれない。

カイアシ類は、上位分類では節足動物門-甲殻亜門-多甲殻上綱-六幼生綱-カイアシ亜綱に分類される。多甲殻上綱では、エビやカニなどの軟甲綱と六幼生綱が姉妹系統であり、六幼生綱には他に鞘甲類とヒメヤドリエビ類が分類されている。カイアシ亜綱は、大きく分けて2つの原始前脚下綱げんしぜんきゃくかこうと新カイアシ下綱があり、前者にはプラティコピア目が分類される。カイアシ類では先祖型である。後者はさらに前脚上目ぜんきゃくじょうもく後脚上目こうきゃくじょうもくに細分され、前者にはカラヌス目、後者にはその他の目が分類される(Fig. 2)。後脚上目ではミソフリア目が先祖型である。現在は10目だが、過去には9目だったり、11目だったりと頻繁に変更されていた。最近の変更点として、以下の点があげられる。


  • ・ポエキロストム目の分類群はキクロプス目下へ移転(Khodami etal. 2017)
  • ・ハルパクチクス目の一部の分類群がカヌエラ目(大塚・田中(2020)より新称)へ新設(Khodami etal. 2017)
  • ・タウマトプシルス目の分類群はキクロプス目下へ移転(Khodami etal. 2019)
  • ・キクロプス目は4つの亜目に細分化(Khodami etal. 2019)

カイアシ類の新分類
Fig. 2 カイアシ類の新分類[拡大]

分子系統学の発展は、2010年あたりから活発になってきたと思う。次世代シーケンサーの登場がきっかけであろう。それゆえ、分類の見直しは頻繁に行われるようになり、現在に至る。DNA配列やアミノ酸配列などの分子情報を用いた系統解析は、画期的なものであるが、生物種によっては種間で配列の変異具合(進化速度)にバラツキがあり、正しい系統を導き出せないことがしばしばある。カイアシ類の上位分類、六幼生綱か共甲綱かの問題がそれである。その際に、生活史や形態など、分子情報に頼らない系統解析も重要視される。今後、分子情報と非分子情報の扱い方が課題であろう。

文   献

Abele L G, Spears T, Kim W, Applegate M (1992) Plylogeny of selected Maxillopodan and other crustacean taxa based on 18S ribosomal nucleotide sequences: a preliminary analysis. Acta Zoologica (Stockholm) 73 (5): 373-382.

Eyun S (2017) Phylogenomic analysis of Copepoda (Arthropoda, Crustacea) reveals unexpected similarities with earlier proposed morphological phylogenies. BMC Evol. Biol. 17: 23.

Dahl E (1956) Some crustacean relationships. In: Bertil Hanström: Zoological Papers in Honour of His Sixty-fifth Birthday, 20th, 1956. pp 138-147. Lund Zoological Institute. Lund, Sweden. 311 pp.

Khodami S, McArthur J V, Blanco-Bercial L, Arbizu P M (2017) Molecular phylogeny and revision of copepod orders (Crustacea: Copepoda). Sci. Rep. 7: 9164.

Khodami S, Mercado-Salas N F, Tang D, Arbizu P M (2019) Molecular evidence for the retention of the Thaumatopsyllidae in the order Cyclopoida (Copepoda) and establishment of four suborders and two families within the Cyclopoida. Mol. Phylogenetic. Evol. 138: 43-52.

Oakley T H, Wolfe J M, Lindgren A R, Zaharoff A K (2013) Phylotranscriptomics to bring the understudied into the fold: Monophyletic Ostracoda, fossil placement, and Pancrustacean phylogeny. Mol. Biol. Evol. 30 (1): 215-233.

大塚 攻・田中隼人 (2020) 顎脚類(甲殻類)の分類と系統に関する研究の最近の動向. タクサ日本動物分類学会誌 48: 49-62.

岡山県野生動植物調査検討会委員 et al. (2019) 岡山県生物目録2019. 岡山. 423 pp.

Regier J C, Shultz J W, Zwick A, Hussey A, Ball B, Wetzer R, Martin J W, Cunningham C W (2010) Arhropod relationships revealed by phylogenomic analysis of nuclear protein-coding sequences. Nature 463: 1079-1084.