汽水の普通種 Pseudodiaptomus inopinus に隠蔽種4種が報告
Pseudodiaptomus inopinus Burckhardt, 1913は北太平洋西岸の汽水域に生息するカイアシ類として知られています(Dexter et.al. 2017)。汽水であればどこにでも生息しているような普通種です。体長は1 mm程度で、雌成体の前体部はずんぐりと大きく、後縁が角張り、数本の棘があるのが特徴です。また、尾肢は5本の刺毛があり、真ん中の1本が太くなっています(Fig. 1)。これらの特徴は、他のカラヌス目の種では見られず、同定で重要な形態と言えます。
しかしながら、近年、このP. inopinusには隠蔽種(=複数種)が含まれていることが指摘されるようになりました。2010年(Sakaguchi & Ueda)に南西諸島から、2012年(Soh et.al.)に韓国から形態が僅かに違う個体が見つかりました。それぞれ、P. nansei、P. koreanus(後にP. japonicus Kikuchi, 1928のシノニム種と判明;Sakaguchi & Ueda 2018)と命名されました。さらに、本州に生息するP. inopinusにも形態が違う個体が見出され(Ueda & Sakaguchi 2011)、P. inopinusのシノニム種と考えられていた、Pseudodiaptomus japonicus Kikuchi, 1928だと判明しました(Sakaguchi & Ueda 2018)。
ここまでで、P. inopinusの実態が明らかにされてきましたが、さらなる追い打ちを受けます。なんと、「日本にはそもそもP. inopinusが生息していないのでは?」と、Ueda & Sakaguchi(2019)より投げかけられました。日本に生息するP. inopinusは形態の違いから、P. nansei、P. japonicusが見つけられました。しかし、残る本物のP. inopinusと思われていた個体は、実はそうではなく、全くの新種Pseudodiaptomus yamato Ueda & Sakaguchi, 2019であることが明らかになったのです。つまり、正真正銘のP. inopinusは、中国の「太湖」と呼ばれる汽水湖と、その近辺の海域にしか生息してないと考えられています。多くの記載している論文では、P. japonicusなのかP. yamatoなのか判断ができず、P. inopinusの生息域については不明とのことです。言い換えれば、日本にP. inopinusが生息しているのか否かは、はっきりと分かっていません。
P. inopinusから複数種が見出されましたが、以下に各種のリストと、同定方法をまとめました(Fig. 2)。同定については、雌成体で生殖節と第5胸脚の形態がキーとなるようです。
- ・Pseudodiaptomus inopinus Burckhardt, 1913
- 生息域については不確実。中国の太湖とその近辺の汽水域から発見された。前体部後縁内側が突出する。生殖蓋後端の突出がP. japonicusよりも顕著。
- ・Pseudodiaptomus japonicus Kikuchi, 1928
- 黒潮海流が接岸しない汽水域に生息する。中国からも報告がある。Pseudodiaptomus koreanusはこの種のこと。生殖孔蓋後端に突出がある。
- ・Pseudodiaptomus nansei Sakaguchi & Ueda, 2010
- 南西諸島に生息する。雌成体の第5胸脚第3節の末端が鋭利に尖る。
- ・Pseudodiaptomus yamato Ueda & Sakaguchi, 2019
- 主に黒潮海流が接岸する汽水域に生息する。前体部後縁内側が突出せず、第5胸脚に棘がないことでPseudodiaptomus inopinusと区別できる。生殖蓋後端の突出がP. japonicusよりも顕著で、P. inopinusの突出具合と同程度。
文 献
Dexter E, Stephen M, Bollens M, Vuilleumier S (2017) A genetic reconstruction of the invasion of the calanoid copepod Pseudodiaptomus inopinus across the North American Pacific Coast. Biol Invasion 20: 1577–1595.
Sakaguchi S O, Ueda H (2010) A new species of Pseudodiaptomus (Copepoda: Calanoida) from Japan, with notes on the closely related P. inopinus Burckhardt, 1913 from Kyushu Island. Zootaxa 2623: 52–68.
Sakaguchi S O, Ueda H (2011) Morphological divergence of Pseudodiaptomus inopinus Burckhardt, 1913 (Copepoda: Calanoida) between the Japan Sea and Pacific coasts of western Japan. Plankton Benthos Res 6: 124–128.
Sakaguchi S O, Ueda H (2018) Genetic analysis on Pseudodiaptomus inopinus (Copepoda, Calanoida) species complex in Japan: revival of the species name of P. japonicus Kikuchi, 1928. Plankton Benthos Res 13: 173–179.
Soh H Y, Kwon S W, Lee W, Yoon Y H (2012) A new Pseudodiaptomus (Copepoda, Calanoida) from Korea supported by molecular data. Zootaxa. 3368: 229-244.
Ueda H, Sakaguchi S O (2019) Pseudodiaptomus yamato n. sp. (Copepoda, Calanoida) endemic to Japan, with redescriptions of the two closely related species P. inopinus Burckhardt and P. japonicus Kikuchi. Plankton Benthos Res. 14 (1): 29-38.