2018年7月26日
No. 6

NOTE

分類混乱を引き起こした「サフィレラ型カイアシ類」

Poecilostomatoida目Clausidiidae科に属するカイアシ類のいくつかのグループは、第1コペポディット期(C1期)の幼体に、特徴的な形態をもつ、サフィレラ型カイアシ類(Saphirella-like copepod)という時期がある(Fig. 1)。サフィレラ型というのは、Saphirella sp.に似ていることから、そのように称される。しかしながら、Saphirella sp.については、記載のみで、有力な標本はなく、Hemicyclops属の1種ではないかと考えられている(Gooding 1988)。有力な標本というのも、日本近海でSaphirellaと思わしき個体が採れた例がある(伊東 2006)。体長は1.1 mmと1.0 mmに満たない、C1期の幼体とはかけ離れた大きさである。記載にあるSaphirella sp.においても体長は1.0 mmを超えている。一方で、付属肢等の形態は、Hemicyclops属と異なることから、Poecilostomatoida目のある種が、宿主に定着できなかった個体なのではと推測されている(Gooding 1988)。未だにSaphirella sp.の正体については不明のままである。

サフィレラ型カイアシ類(Hemicyclops属のCI期)
Fig. 1 サフィレラ型カイアシ類(Hemicyclops属のCI期)

Hemicyclops属の生活史は複雑で、卵から孵化した第1ノープリウス期(N1期)の幼生から第6ノープリウス期(N6期)、C1期までを浮遊生活をし、水柱にプランクトンとして出現をする。しかし、第2コペポディット期(C2期)の幼体になると、突如としてプランクトンではなく、底を這うようになり(Itoh and Nishida 2007)、営巣性の動物の巣穴内に共生するようになる。この時に付属肢の形態や、食性も大きく変わる。水柱に懸濁した飼料のみで飼育すると、C1期までは成長するが、C2期以降は死亡するという(伊東 2001)。このような複雑な生活史は混乱を引き起こし、C2期以降の姿が長い間、不明であり、サフィレラ型カイアシ類と、呼ばれていた。そのため、「The Saphirella problem(サフィレラ問題)」と言われるようになっていた(Gooding 1988)。

C1期の形態は、浮遊生活に適した形態で、顎脚も水柱に懸濁する餌を摂餌するために、篩状の形態になっている。C2期以降は、営巣性の動物、たとえば、ヤマトオサガニやアナジャコ、ゴカイなどに共生するため、C1期に探索する機会を設定していると考えられている(伊東 2001)。

文   献

Gooding RU (1988) The Saphirella problem. Hydrobiologia 167/168: 363-366.

伊東 宏 (2001) 東京湾および多摩川感潮域のサフィレラ型カイアシ類. 海洋号外 26: 181-188.

伊東 宏 (2006) プランクトンとして出現する寄生・共生性カイアシ類. 日本プランクトン学会報 53: 53-63.

Itoh H, Nishida S (2007) Life history of the copepod Hemicyclops gomsoensis (Poecilostomatoida, Clausidiidae) associated with decapod burrows in the Tama-River estuary, central Japan. Plankton Benthos Res 2: 134–146.