2021年7月25日
No. 25

マボヤに寄生するホヤノシラミ科カイアシ類Bonnierilla curvicaudata 近縁種との違いや同定方法

ホヤノシラミというカイアシ類がいます。一般的なカイアシ類のように浮遊するプランクトンではありません。名の通り、ホヤに寄生する種です。ホヤノシラミの雌成体は、背中の内部に卵を保持する育嚢(brood pouchまたはincubatory pouch)を持つことが特徴です。

マボヤに寄生するBonnierilla curvicaudata

今回、市場で購入したマボヤHalocynthia roretzi (Drasche, 1884)の、ホヤノシラミの一種Bonnierilla curvicaudata Ooishi, 1963の寄生状況を確認しました。B. curvicaudataはマボヤに対して宿主特異性がある種であり、マボヤから見つかるホヤノシラミは本種です。

Fig. 1はマボヤを開いた様子です。明るいオレンジ色をしているひだ状のものは鰓嚢の内側(咽頭)であり、ここにB. curvicaudataが寄生します。Fig. 1の矢印で指した若干白っぽくなっている小さい粒がB. curvicaudata雌成体です。

マボヤの鰓嚢に寄生するB. curvicaudata
Fig. 1 マボヤの鰓嚢に寄生するB. curvicaudata
マボヤを開いて、鰓嚢の内側(咽頭)が見える状態にしたもの。矢印の先にB. curvicaudata雌成体がいる。

B. curvicaudataは1個体ずつのつまみ取りや、洗い出し後のプランクトンネットを用いた濾過で採取しました。雄は、とても小さいので洗い出しが有効です。マボヤ1個体から、B. curvicaudataを25個体、そのうち雄2個体を見つけることができました(Fig.2)。Ooishi(1963)ではマボヤ8個体からB. curvicaudataを60個体、そのうち雄5個体であったことから、報告よりも3倍以上寄生していたことになります。

マボヤ1個体から取り出せたB. curvicaudata
Fig. 2 マボヤ1個体から取り出せたB. curvicaudata

Fig. 3に、今回で採れたB. curvicaudataの拡大写真を載せます。体長は2 mm程度。体色は宿主の寄生部位と同色の黄色。頭部のすぐ後ろから尾の付け根のところまで、胴体の大部分が育嚢になっています。その中に無数の卵があることが確認できます。頭部の先の方で赤色の小さな眼、ノープリウス眼が見えます。光の明度を感知できるぐらいの視力でしょう。頭部と胸部の付け根あたりに第1胸脚があり、後ろへ順に脚が続きます。第5胸脚はとても小さく、Fig. 3では確認できません。

B. curvicaudataの拡大写真
Fig. 3 B. curvicaudataの拡大写真

少数個体は卵が無い、育嚢が空になっている個体もいました(Fig. 4)。交尾ができなかった個体でしょうか。それとも卵ができる前の段階なのかもしれません。育嚢の外壁はとても薄いです。Fig. 3を見て分かる通り、卵をまとめる膜(卵嚢?)、その上の膜、育嚢の外壁、3重構造になっています。卵から2番めの膜はFig. 4の育嚢内部にあるひだ状になっているものでしょうか。

育嚢に卵がないタイプのB. curvicaudata
Fig. 4 育嚢に卵がないタイプのB. curvicaudata

Fig. 5は雄成体個体です。雌成体と比べると1/4程度の大きさしかありません。雄なので育嚢はありません。

B. curvicaudataの雄成体
Fig. 5 B. curvicaudataの雄成体

Bonnierilla属の特徴

さて、Bonnierilla属は、胸部の大部分、第1胸節から第4胸節が育嚢になっていることが特徴です。その他の属は第4胸脚のみが育嚢になっていることがほとんどです。加えて、頭部の口器のひとつ、顎脚が2節で構成し(Fig. 7)、第5胸脚があるのも特徴です。この3つの形質からBonnierilla属と同定することができます(Illg 1958;Kim 2012)。顎脚がある位置は、頭部の拡大写真、Fig. 6のMxp(顎脚の英語、Maxillipedの略)です。

B. curvicaudataの雌成体の頭部にある口器として働く付属肢
Fig. 6 B. curvicaudataの雌成体の頭部にある口器として働く付属肢
A1: 第1触角;A2: 第2触角;Md: 大顎;Mx1: 第1小顎;Mx2: 第2小顎;Mxp: 顎脚
B. curvicaudataの顎脚
Fig. 7 B. curvicaudataの顎脚
矢印は1つの節を指す。顎脚は2つの節で構成される。

B. curvicaudataの近縁種との見分け方

日本からは、Bonnierilla属は2種が出現します。今回のB. curvicaudataと、近縁種のB. molliaです。B. molliaはイガボヤ(Halocynthia igaboja)とクロボヤ(Polycarpa cryptcarpa kuroboja)に寄生します。一方で、韓国近海には形態が酷似するB. namhaesiusが出現し、B. curvicaudataとの形態差はとても隠微です。しかも同宿主のマボヤです。バラスト水(船の姿勢維持のため船内へ環境から積み込まれる水)による移入で、韓国の生物が日本にやってくる事例(例えば、大塚ら 2004)はありますのでB. namhaesiusがすでに日本へ移入していても不思議ではありません。したがって、ここでは3種の見分け方を述べます。

まず、第4胸脚の外肢末端節の棘の本数に違いがあります。B. curvicaudataは棘3本、刺毛5本(Fig. 8)、すなわち棘式Ⅲ-5です。ローマ数字は棘を、アラビア数字は刺毛を示しています。B. namhaesiusは末端節外縁の極めて小さな棘(Fig. 8の黒矢印)を欠くので、棘式Ⅱ-5です。この棘の有無で識別できます。しかし、光学顕微鏡下では、この極めて小さな棘は、標本の角度やフォーカスによって全く見えません。検鏡する際は注意深く見たほうが良いです。B. molliaには、第4胸脚に棘がなく、第4胸脚の外肢末端節の棘式は0-5となります。

B. curvicaudataB. molliaを見分けるのは、第4胸脚の棘の有無を確かめることで容易でしょう。Ho(1984)は世界中に分布する全てのBonnierilla属、全9種のなかでB. molliaのみ、第2,3,4胸脚の外肢に棘が無いと述べています。B. curvicaudataを同定する際は、「第2,3,4胸脚の外肢に棘があること」、「第4胸脚の外肢末端節に極めて小さな棘があること」を確認すると良いと思います。

B. curvicaudata雌成体の第4胸脚
Fig. 8 B. curvicaudata雌成体の第4胸脚
黒矢印は近縁種B. namhaesiusの差異となる棘を指す。白矢印は刺毛を指す。「 * 」がついた白矢印が指す刺毛は検鏡の作業により、途中で刺毛が欠損している。

次に、第1触角の刺毛の数の違いです。B. curvicaudataは最も近位の節、第1節には4本の刺毛、第2節には15本の刺毛と1つの鉤(hook)があり、第3節には9本の刺毛と1本の感覚毛(aesthetasc)と続き、棘式では4, 15+1 hook, 9+1 aesthetasc, 5+1 aesthetasc, 1, 2, 3, 7+1 aesthetascとなります。「,」で8つに区切っているので、第1触角は8節で構成されていることを意味しています。

Fig. 9は今回で採れたB. curvicaudataの第1触角です。異なる深度位置でフォーカスをあわせた複数枚の写真を合成させる、深度合成のため、一部の刺毛が見えにくくなっています。刺毛の根本にマークを付けました。感覚毛は刺毛ほど先が尖っておらず、表面がスポンジ状になっているが特徴です。検鏡の際は、開口絞りをやや開いて焦点深度を浅くし、コンデンサーを絶妙な上下調節をおこなうことで、刺毛を見逃しにくくなります。

B. namhaesiusは3, 17+1 aesthetasc, 5, 3, 2, 2+1 aesthetasc, 7+1 aesthetascであり、B. curvicaudataよりも若干、刺毛が多いことで識別できます。B. molliaは3, 16, 9, 6, 1, 2, 3, 7+1 aesthetascです。3種とも第1触角は8節で構成されます。

刺毛の数を数えるのは大変なので、B. curvicaudataB. namhaesiusかを調べる際は、第4胸脚外肢の末端節の棘数を数えてからが無難です。そうそう無いとは思いますが、Fig. 8黒矢印の極めて小さな棘を確認できなかったら、第1触角の刺毛数を数えることになります。

B. curvicaudata雌成体の第1触角
Fig. 9 B. curvicaudata雌成体の第1触角
オレンジ色の丸は鉤爪(hook)、黄色は感覚毛(aesthetasc)、赤色は刺毛を指す。2枚の深度合成写真をつなげている。

以上の第4胸脚外肢の末端節の棘の数、第1触角の刺毛の数でBonnierilla属3種を見分けられるということでした。以下にまとめます。



第4胸脚外肢の末端節の棘式

  • B. curvicaudata
    Ⅲ-5
  • B. namhaesius
    II-5
  • B. mollia
    0-5


第1触角の棘式

  • B. curvicaudata
    4, 15+1 hook, 9+1 aesthetasc, 5+1 aesthetasc, 1, 2, 3, 7+1 aesthetasc
  • B. namhaesius
    3, 17+1 aesthetasc, 5, 3, 2, 2+1 aesthetasc, 7+1 aesthetasc
  • B. mollia
    3, 16, 9, 6, 1, 2, 3, 7+1 aesthetasc

文   献

Choi SD, Hong SY (1994) A new species of Bonnierilla (Copepod, Cyclopoida, Notodelphyidae) parasitic on Halocynthia roretzi (V. Drasche) from the Kamak Bay, Korea. J. Fish Pathol., 7 (2): 83-94.

Ho J S (1984) Copepoda associated with sponges, cnidarians, and tunicates of the Sea of Japan. Rep. Sado Mar. Biol. Stat. Niigata Univ., 14: 23-61.

Illg P L (1958) North American copepods of the Notodelphyidae. Proc. U. S. Nat. Mus., 107 (3390): 463-649.

Kim I-H (2012) Arthropoda: Maxillopoda: Copepoda: Cyclopoida, Ascidicolous Copepods. Invertebrate Fauna of Korea, 21 (20) 1-138.

大塚 攻・堀口健雄・Lopes RM・Choi K-H・岩崎敬二 (2004) バラスト水によるプランクトンの導入(総説). Bull. Plankton Soc. Japan, 51 (2): 101-118.

Ooishi S (1963) On some notodelphyoid copepods from the bay of Kesennuma. Rep. Fac. Fish., Pref. Univ Mie., 4 (3): 377-390.